かんたん江戸っ子かけいぼ


 




両親の家計の崩壊




 はっきり言って、20代後半までの自分は本当に勝手な娘でした。それなりに事情や考えもあり、行動もしていたつもりではありますが、結論としては勝手な子供だったと心底思います。

 その、勝手の原因となっていた『自分の夢』をこれで最後にしよう。
 そう決めた頃‥‥‥2002年6月8日に、両親からお金がほぼ無くなったことを告白されました。
 まさか。
 それが正直な気持ち。
 いろいろと‥‥‥悪いことが重なりまくり、両親の通帳には半年も生きていけないような金額のお金しかないことがわかりました。



 私は別に着物サイトを運営しています。
 この、着物サイトを立ち上げたのは、その「いろいろ」の中のひとつである悪徳商法被害者を減らしたいと思ったからです。

 だから、着物に関して、私は複雑な思いを抱いています。もちろん、好きですよ。着物って素敵な文化だと思う。

 でも、はまると怖い世界なのです。

 私の家族を貶めた、その着物店は市内のショッピングセンターでまだ営業をしています。前をどうしても通らないといけない時、私はそのお店の商品を足蹴にしたくなります。近づいて行って並んでいる小物を薙ぎ倒したくなります。見ているお客さんに、ここは悪徳業者だから買わない方が良いと大声で指摘したくなります。うわ、根性悪い。

 まあ、こんな私の鬱屈とした思いはとりあえず脇に置いておいて、着物で借金こさえると本当に大変です。

 まず、仕立てられているからブランド物と違って転売しても商品価値が低い。作家物とか着物ブランドとかある程度の価値の基準はあるけれど、その基準値が曖昧で全国共通の価格帯のようなものがない。
 だから、買ったものを売って借金に充てるということができません。
 娘や親戚のお嬢さんが背が高ければ、一代限りになってしまう可能性が高いですし、近頃の娘さんは背が高くてスレンダーだから体格的にも合わないんですよね。

 着物を売るという方法は調べてみましたがこのように難しいことが多く、あまり当てにならない。

 稼ぐには自分がすぐにバイトをやめてもっとお金の稼げる仕事に転職をする。

 話せば話すほど、両親には金銭管理能力と、稼ぐ気のないことがわかりました‥‥‥



 悩む時間はありませんでした。私は、まずは家計を掌握することから始めました。
 ノートを見て愕然。
 ―――家計は崩壊していました。
 母は家計簿を付けていたのに、それは抑止力ではありませんでした。
 ただの数字の羅列。
 あまりの惨状に息を呑むことしかできませんでした。はあ。





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miya fujisawa[kantan edokko kakeibo]